
介護報酬の返還を求められたら。事務の進め方を落ち着いて一緒に整理
「この加算、算定要件を満たしていませんね。過去の分もさかのぼって返還してください」。
運営指導の場で、あるいは後日届いた文書で、そう告げられた瞬間のことを思い出すと、今でも胸のあたりが冷たくなる——そんな方は少なくないと思います。金額はいくらになるのか。何年分なのか。利用者さんにはどう説明するのか。上司や理事長にどう報告するのか。分からないことが一度に押し寄せてきて、何から手をつければいいのか分からなくなりますよね。
でも、大丈夫です。返還は「事業所の失格」を意味するものではありません。制度が細かく、解釈が分かれやすい部分で、ボタンを掛け違えていたことに気づいた、というだけです。そして返還には、決まった手順があります。手順があるということは、順番にたどれば必ず終わりが来るということです。今日は、その順番を一緒に整理していきましょう。
結論:返還を求められたら、①範囲(どの加算・いつからいつまで・どの利用者か)を文書で確かめる → ②対象を一覧にして返還額を出す → ③保険者を通じて国保連へ申立(過誤申立)を行い、報酬を取り下げる → ④利用者負担分を精算し、ていねいに説明する、という順で進めます。返還の範囲や方法、締切は指定権者(都道府県・市町村)と保険者によって案内が異なります。最終的な進め方は、必ず指導を行った窓口と保険者に確認しながら決めてください。
まず確かめる:何を・いつからいつまで・誰の分か
いちばん先にやりたいのは、金額の計算ではありません。返還の範囲を、文書ではっきりさせることです。
口頭の指摘だけで「たぶん3年分だろう」と自分で決めて動き出すと、あとで範囲が違っていたときに、一覧づくりも過誤申立もやり直しになってしまいます。次の4点を、指導結果通知書や事前の連絡文書で確認するか、書かれていなければ担当者に問い合わせて確かめます。
- 対象になる加算・報酬は何か(加算の名称と、(Ⅰ)(Ⅱ)などの区分まで)
- 対象期間はいつからいつまでか(何年何月サービス提供分から、何月分まで)
- 対象になる利用者は誰か(全員か、要件に該当しなかった一部の方だけか)
- 全部返還か、一部返還か(上位区分から下位区分への差額だけで済む場合もあります)
とくに4つ目は見落としがちです。たとえば加算の(Ⅱ)は算定できるのに(Ⅰ)の要件は満たしていなかった、という場合、返すのは差額だけで済むことがあります。「全額返還」と思い込んで進める前に、ここを確認するだけで、負担が大きく変わることがあります。
なお、返還を求められる期間は指定権者の判断によります。制度上さかのぼれる年数の目安はありますが、実際にどこまでを対象とするかは事案ごとに異なるため、自分で年数を決め打ちしないでください。
何が起きているか:返還は「過誤申立」というしくみで戻す
返還と聞くと「事業所の口座からお金を振り込む」場面を想像しがちですが、介護報酬の返還は多くの場合、過誤申立(かごもうしたて)という決まったしくみを使って行います。
過誤申立とは、いったん国保連に請求して支払いを受けた分を、あとから「あれは取り下げます」と申し出る手続きのことです。取り下げると、その分が翌月以降の入金から差し引かれます。正しい内容で請求し直せるものがあれば、あわせて再請求します。
つまり返還は、現金を集めて送るのではなく、毎月の請求業務の中で調整していく作業です。ここが分かるだけでも、少し見通しが立ちます。
通常過誤と同月過誤のちがい
過誤申立には、大きく2つのやり方があります。どちらを選べるかは保険者によって異なりますが、資金繰りへの影響がまったく違うので、事務としては必ず押さえておきたいところです。
- 通常過誤:取り下げの処理が先に行われ、支払われていた分がいったん全額差し引かれます。正しい内容での再請求は、そのあとに行うため、入金が戻ってくるのは翌月以降になります。差し引きの月は、入金が大きく減ります。
- 同月過誤:取り下げと再請求を同じ月にまとめて処理します。差額だけの調整で済むため、入金が一時的に大きく落ち込むことを避けられます。ただし受け付けているかどうか、申立の締切がいつかは保険者ごとに決まっています。
返還額がまとまった金額になりそうなときは、まず保険者に「同月過誤で処理できますか」と相談してみてください。それだけで、資金繰りの心配がずいぶん軽くなることがあります。
返還までの流れを、4つのかたまりで

順番に見ていきます。一度に全部を進めようとせず、ひとかたまりずつ片づけていけば大丈夫です。
① 範囲を確かめる
前の章のとおり、加算名・期間・対象者・全部か差額かを文書で押さえます。あわせて、保険者が複数にまたがっていないかも見ておきます。広域から利用者を受け入れている事業所では、市町村ごとに手続きや締切が違うことがあり、ここを見落とすと後から追加作業になります。
② 一覧にする
利用者別・月別に、対象の単位数と金額を並べた一覧表を作ります。エクセルで十分です。列は「利用者名・被保険者番号・保険者・サービス提供年月・対象の加算・単位数・単価・保険請求分・利用者負担分」あたりがあれば、そのまま過誤申立にも利用者への説明にも使えます。
この一覧は、返還額の根拠になるだけでなく、あとで指定権者に提出を求められることが多い資料です。作り直さなくていいように、最初からきちんと形を整えて作っておくと、あとが楽になります。
③ 申立をする
過誤申立書を作成し、保険者(市町村)へ提出します。保険者から国保連へ回り、処理される流れが一般的です。提出先が国保連ではなく保険者である点、そして毎月の締切がある点に注意してください。締切を過ぎると翌月扱いになり、全体が1か月ずれます。
なお、対象期間が古い分については、国保連のシステム上で過誤処理ができず、保険者へ直接返還する扱いになることがあります。古い年月が含まれるときは、申立の前に保険者へ「この月の分はどう処理しますか」と確認しておくと安心です。
④ 利用者負担分を精算する
ここが、いちばん気を使うところです。加算を取り下げれば、その分の利用者負担も減ります。すでにお支払いいただいた分は、返金することになります。
- 返金額を利用者ごとに出す(一覧表からそのまま拾えます)
- 返金の方法を決める(口座振込/翌月請求からの差し引き など)
- 領収書の扱いを確認する(医療費控除に使われている場合、訂正や再発行が必要になることがあります)
- 説明の文面を用意する(次の章で触れます)
逆に、少なく請求していて追加でいただく方向になる場合もあります。ただし、何か月も前の分を後から追加請求するのは、利用者・ご家族にとって受け止めにくい話です。事業所として請求しない判断をすることもあります。ここは事務だけで決めず、管理者や法人の判断を仰いでください。
具体例:金額のイメージをつかむ
数字にすると、輪郭がはっきりします。あくまで考え方の例として見てください。
1回あたり200単位の加算を、1単位10円の地域で、利用者5人・12か月分算定していた。この分が対象になった、という場合です。
- 1人1か月あたり:200単位 × 10円 = 2,000円
- 対象の総数:5人 × 12か月 = 60人月
- 返還の総額:2,000円 × 60 = 120,000円
このうち、利用者の負担割合が1割の方であれば、
- 保険から支払われていた分(9割):120,000円 × 0.9 = 108,000円
- 利用者が負担していた分(1割):120,000円 × 0.1 = 12,000円
過誤申立で調整するのは108,000円のほうで、12,000円は利用者へ返金する分、という整理になります。実際には利用者ごとに負担割合が違い、単価も地域区分で変わりますから、必ず一覧表で1件ずつ計算してください。ここでお伝えしたいのは、「保険の分」と「利用者の分」は別々に処理するという考え方です。
影響:お金と、気持ちと、そのあと
返還が事業所に与える影響は、金額だけではありません。順番に見ておきます。
資金繰り。通常過誤で処理すると、差し引きの月の入金が大きく減ります。人件費の支払いは待ってくれませんから、金額が大きい場合は、いつの入金がいくら減るのかを早めに試算し、管理者や経理へ共有しておきましょう。同月過誤が使えるか、複数月に分けられるかも、あわせて保険者に相談する価値があります。
会計処理。返還した分は、過去に計上した収益の修正になります。決算をまたぐかどうかで扱いが変わるので、顧問税理士や法人の経理担当に早めに一報を入れてください。事務が一人で抱え込む必要はありません。
気持ち。ここも、正直に触れておきたいところです。返還の対応をしていると、「自分が見落としたせいだ」と感じてしまう方がとても多いです。でも、加算の要件は年々細かくなり、解釈も自治体で分かれます。研修も受け、通知も読み、そのうえで生じた行き違いを、一人の責任にするのは違います。あなたは、気づいた今、正しく直そうとしています。それは十分に誠実な仕事です。
そのあと。返還が終わったら、指定権者へ改善報告書を出すことになるのが一般的です。そこには「なぜ起きたか」と「どう防ぐか」を書きます。難しく考えず、今回の一覧づくりで見えたこと——たとえば「体制届と実際の配置を突き合わせる場がなかった」——をそのまま書けば、それが再発防止策になります。
なお、意図的に事実と異なる請求をしたと認定された場合には、返還額に加えて一定割合の加算金を求められる制度があります(介護保険法上、返還額の40%を上限とする定めがあります)。ただしこれは、あくまで不正と判断された場合に適用されるもので、要件の解釈違いや記録の不足による通常の返還では、加算金の対象にはなりません。心配になったときは、通知文書に「不正」の文言があるかどうかを見て、なければ落ち着いて過誤申立の手順を進めて大丈夫です。
明日やること
全部を明日やる必要はありません。まずは、この3つだけで十分です。
- 通知文書をもう一度開いて、加算名・期間・対象者・全部か差額かの4点に線を引く(書かれていない項目をメモする)
- 書かれていなかった項目を、指導の窓口に電話かメールで確認する(聞くこと自体は、まったく問題ありません)
- 保険者に「同月過誤は使えますか」「申立の締切は何日ですか」を聞いておく
ここまでできれば、一覧づくりの形が決まり、いつまでに何を出せばいいかのスケジュールが引けます。金額の計算は、そのあとで大丈夫です。
確認チェックリスト(持ち歩き用)
毎回すべてが必要になるわけではありません。どの返還でも必ずの5つを最低ラインに、残りは当てはまるときだけの枝分かれ式にしています。
どの返還でも必ず(最低ライン)
- 対象の加算名・期間・対象利用者・全部か差額かを、文書で確かめたか
- 利用者別・月別の一覧表を作り、保険請求分と利用者負担分を分けて出したか
- 過誤申立の提出先(保険者)と、今月の締切日を確認したか
- 通常過誤か同月過誤か、どちらで処理するか決めたか
- 管理者・経理へ、返還額と入金への影響を共有したか
当てはまるときだけ(枝分かれ)
- 〔保険者が複数にまたがるとき〕市町村ごとに手続きと締切を確認したか
- 〔古い年月が含まれるとき〕国保連経由で処理できるか保険者に確認したか
- 〔利用者へ返金するとき〕返金方法と領収書の扱い(医療費控除)を決めたか
- 〔決算をまたぐとき〕税理士・経理へ会計処理を相談したか
- 〔改善報告書を求められたとき〕原因と再発防止策を、今回わかったことから書き起こしたか
- 〔余裕があれば〕同じ加算の他の月・他のサービスも自主的に点検したか
よければ、こちらも
返還のきっかけになりやすい場面は、運営指導と監査の違い、あわてず整理しておくと運営指導でよくある指摘から、普段の見直しどころを見つけるで整理しています。過誤申立そのものの手順は過誤申立と再請求の流れ、あわてず順番に整理してみるに詳しくまとめました。返還のあとに出す書類は運営指導後の改善報告書の書き方|事務が整える型と手順、これから同じことを起こさないための備えは加算が算定できなくなる主なケースと、事務でできる予防策と介護の自己点検チェックリストで、普段からそっと備える方法もあわせてどうぞ。

返還の対応は、気持ちの重さも含めて、事務にとってしんどい仕事です。けれど、やることは「範囲を確かめる・一覧にする・申立をする・精算する」の4つだけで、どれも順番にたどれば必ず終わります。そして終わったあとには、以前より要件に詳しくなり、点検のしくみを持った事業所が残ります。
今日、通知文書を開いてここまで読んだこと自体が、もう最初の一歩です。一人で抱えず、保険者にも、管理者にも、経理にも聞きながら、一つずつ一緒に片づけていきましょう。
制度と現場のあいだで、こうしてお金の流れを正しく整え直す仕事があるから、明日も利用者さんのもとへサービスは届きます。