
利用者の預り金・金銭管理|規程と出納記録の残し方を一緒に整理
「悪いけど、これ預かっといてくれる?」——ご家族から封筒を渡されて、思わず受け取ってしまったあの瞬間。あとから机に戻って、少しだけ胃のあたりが重くなった経験はありませんか。
金額は大きくない。でも、他人のお金を預かるというのは、それだけで気を張ることです。しかも預り金は、運営指導でほぼ必ず見られるところでもあります。「うちはちゃんとやっているつもり」を、記録の形にしておく。それが、あなた自身を守ることにつながります。
今日は、預り金と金銭管理を一緒に整理していきます。難しい話ではありません。順番に並べれば、やることは意外と少ないです。
結論:預り金は「預かる前」「預かる間」「返すとき」の3つに分けて考えると迷いにくくなります。①預かる前——そもそも預からずに済む方法がないかを先に検討し、預かるなら規程と書面の同意をそろえる。範囲(何を・いくらまで・誰が)をはっきりさせる。②預かる間——出納簿にその都度記帳し、領収書などの証憑を必ず残す。通帳と印鑑は分けて保管し、ひとりで完結させない。③返すとき——退所や死亡時に残高を精算し、受領のサインをいただいて記録に残す。なお預り金の具体的な取扱いは、自治体(指定権者)が独自の指導指針や様式を示していることが多いので、自分の自治体のものを一度確認しておくのがいちばん確実です。
なぜ預り金は、こんなに気が重いのか
作業そのものは、記帳と保管です。難しい計算はありません。それでも重く感じるのは、次の3つが重なるからです。
- 金額が合わないことが、そのまま疑いになる。数百円のズレでも「誰かが」という話になりかねません
- 境界があいまいなまま始まる。買い物の立て替えから始まって、いつのまにか通帳を預かっている、ということが起きます
- 担当がひとりになりやすい。事務が一人職場だと、確認してくれる人がいないまま何年も続いてしまいます
つまり、しんどさの正体は金額ではなく、「あいまいさ」と「ひとりきり」です。だから対策も、そこに効くものを選びます。仕組みで守る。人を疑わずに済む形にする。それだけです。
その前に:預からない選択肢も一緒に置いておく
いちばん確実なのは、事業所が預からずに済む形をつくることです。相談を受けたとき、次の選択肢を先にご案内できると、ご家族にとっても安心材料になります。
- ご家族が管理される:買い物のたびに立て替えるのが負担なら、小口だけをお預かりする形に切り分ける
- 成年後見人等がついている場合:財産の管理はご本人を支援する後見人等の役割です。事業所が広く預かるのではなく、日常の少額分だけにとどめ、範囲を後見人と決めておきます
- 日常生活自立支援事業(社会福祉協議会):判断能力に不安はあるけれど後見までは、という段階の方に、通帳の預かりや日常的な金銭管理を支援するしくみがあります。お住まいの社協が窓口です
「うちでは預かれません」と断ることが目的ではありません。預かる量を減らせば、そのぶん事故の芽も減る。これは、ご本人にとっても事業所にとっても、よい方向の話です。成年後見人の方とのやりとりの整理は、契約まわりの考え方をまとめた 介護の契約説明で伝わりにくいところを、やさしく整える工夫 もあわせてどうぞ。
3つの場面に分けて整える

① 預かる前:規程と同意を、先にそろえる
口約束で始まった預かりは、あとから必ず困ります。順番としては、規程が先、同意が次、預かるのは最後です。
預り金の規程に書いておきたいこと
- 対象になるもの:現金、通帳、印鑑、キャッシュカード、年金証書など、何を預かり、何は預からないのか
- 上限の目安:手元に置く現金の上限額(超えたら口座へ、など)
- 取り扱う人:担当者と、確認する立場の人(管理者など)を役職で決めておく
- 保管の方法:施錠できる場所、通帳と印鑑を分けて保管すること
- 記録の方法:出納簿の様式、証憑の保存、記帳のタイミング
- 報告のしかた:ご家族へどの頻度で、どんな形で残高をお知らせするか
- 返すとき:退所・死亡時の精算と受領確認の手順
規程は立派である必要はありません。A4で1〜2枚、上の7項目が書いてあれば十分に機能します。
書面での同意をいただく
預かる範囲は、書面ではっきりさせるのが基本です。「何を」「いくらまで」「どんなときに使うか」「報告はいつ」。ここを口頭で済ませると、あとから「そんなつもりじゃなかった」というすれ違いが起きます。
同意書の様式は、自治体が示しているものがあればそれを使うのが早いです。ない場合も、重要事項説明書と同じ考え方——書いてあることを、その場で読み合わせる——で進めれば大きく外れません。書面の整え方は 重要事項説明書に何を書く?記載の抜けを一緒に確かめる が近いテーマです。
お預かりした情報や書類の扱いそのものについては 介護の個人情報、同意の取り方と扱いの基本を一緒に もあわせてご覧ください。
② 預かる間:記録は「その都度」、確認は「ふたりで」
ここが実務の中心です。ポイントは2つだけ、その都度とふたりで。
出納簿は、動いたその日に書く
あとでまとめて書くと、必ずどこかで記憶があいまいになります。日付・内容・入金・出金・残高。この5項目を、動いた日に埋めます。利用者ごとに1枚(1冊)にしておくと、残高の追いかけが楽になります。
証憑(レシート・領収書)を必ず残す
出金には、必ず相手方の記録を添えます。買い物ならレシート、理美容なら領収書。レシートが出ない支払い(自動販売機など)は、「何に使ったか」を書いたメモに担当者名を添えるだけでも、あとから説明できる形になります。
「証憑をなくしてしまった」ときは、隠さずその旨を記録に残すほうが、結果的に信用を守れます。記録の残し方の考え方は 日々の記録を指導に強くする残し方|あとで困らない一言の工夫 にまとめています。
ひとりで完結させない
これが、いちばん効きます。
- 出金は、担当者と確認者の2人の記録を残す(押印でもサインでも構いません)
- 月に1回、現金と帳簿の残高を照合する。照合した人の名前と日付を残す
- 担当者と、金庫の鍵・通帳の保管者を分ける
「疑われないため」ではありません。疑われる立場に、誰も置かないためです。一人職場でどうしても2人にできないときは、月1回だけ管理者に立ち会ってもらう。それだけでも形になります。
通帳と印鑑は、必ず別々に保管する
同じ引き出しに入っていると、それ自体が指摘の対象になりやすいところです。施錠できる場所を2か所つくる、あるいは印鑑だけ管理者が別に保管する。物理的に分けておきます。
ご家族への定期報告
決まった頻度で残高をお知らせする形にしておくと、「気づいたら大きく減っていた」という驚きが起きません。月ごと、あるいは3か月ごとに、残高と主な出金を1枚にまとめてお渡しする。報告した日付を控えておくのもセットです。ご家族への伝え方に迷うときは ご家族への連絡で言葉に迷ったとき、整える順番のヒント をどうぞ。
③ 返すとき:精算して、受け取った記録を残す
退所や、亡くなられたときには、預かっているものをお返しします。ここで気をつけたいのは順番です。
- 残高を確定する(帳簿と現金・通帳を照合する)
- 精算書を作る(期間、入金、出金の内訳、残高)
- お返しし、受領のサインをいただく(お渡しした日付・お渡しした相手・お返ししたものの内訳)
3つ目を省略しないでください。返した記録がないことが、いちばん後で困ります。
亡くなられた場合は、お返しする相手がご遺族(相続人)に変わります。誰にお返しするかで迷いやすいところなので、契約のときに窓口を控えておくと落ち着いて進められます。全体の流れは 利用者が亡くなられたとき|事務の手続きとご家族への案内を整理、退所の手続きは 介護の退所・契約終了|手続きと書類を落ち着いて整える にまとめました。
精算の書類も、記録の一部として保存年限のあいだ保管します。年限の数え方は 介護の書類、保存年限は何年?迷わないファイリングを一緒に整理 をどうぞ。
具体例:ある特養で、預り金の担当をひとりで6年続けていた事務職員のBさん。金額のズレは一度もありませんでしたが、運営指導で「確認者の記録がない」「通帳と印鑑が同じ金庫」と指摘を受けました。直したのは3つだけです。①出金欄の右に「確認者」の欄を足した、②印鑑を管理者の別の金庫に移した、③月末に管理者と2人で残高を照合し、日付と2人の名前を書く欄を出納簿の最後に作った。作業時間は月に10分ほど増えました。でもBさんは「これで、もし何かあっても自分の説明が通る」と言っていました。守られているのは、お金だけではありません。
影響:仕組みにすると、疑いが生まれる場所がなくなる
預り金の事故が起きたとき、いちばん傷つくのは、実は現場の信頼関係です。誰かが疑われ、その人の周りの空気が変わる。金額が戻っても、それは元に戻りません。
だから、記録を整えるのは「不正を見つけるため」ではなく、そもそも疑いが生まれる余地をなくすためです。ふたりで確認する。その日に書く。証憑を残す。この3つで、たいていの不安は静かに消えます。
それに、書類が整っている事業所は、ご家族からの信頼も違います。「残高のお知らせ、いつも助かっています」と言われる日が、きっと来ます。運営指導での見られ方は 運営指導のヒアリング準備|聞かれることと答え方を一緒に整える も参考になります。
明日やること
全部を今週でそろえなくて大丈夫です。まずこの3つから。
- いま何を預かっているか、一覧にする。利用者名/預かっているもの(現金・通帳・印鑑など)/残高/担当者。この4列の紙を1枚作るだけで、現在地が見えます
- 通帳と印鑑が同じ場所に入っていないか、金庫を開けて確かめる。同じなら、今日中に片方を別の場所へ移す
- 自分の自治体(指定権者)の預り金の指導指針・様式があるか探す。「◯◯県 預り金 管理 指針」で見つかることが多いです。あれば、その様式に寄せるのがいちばん早い
1だけでも、今日の分としては十分です。
確認チェックリスト
- 預り金の規程があり、対象・上限・担当・保管・記録・報告・返還が書いてあるか
- 預かる範囲について、書面での同意をいただいているか
- 利用者ごとの出納簿があり、日付・内容・入金・出金・残高が書かれているか
- 出金に対応する領収書・レシートが保存されているか
- 証憑が出ない支払いに、用途メモと担当者名を残しているか
- 出金の記録に、担当者と確認者の2人の記録があるか
- 月に1回、現金と帳簿の残高を照合し、照合者と日付を残しているか
- 通帳と印鑑を別々の場所に保管しているか
- 金庫・保管場所が施錠でき、鍵の管理者が決まっているか
- ご家族への定期報告を行い、報告日を控えているか
- 成年後見人等がついている方について、役割分担を決めているか
- 退所・死亡時に精算書を作り、受領のサインをいただいているか
- 精算の記録を保存年限のあいだ保管しているか
- 自分の自治体の指導指針・様式を一度確認したか
全部に丸がつかなくて大丈夫です。上から順に、ひとつずつで十分です。
よければ、こちらも
- お金まわりの事務をもう少し整えたいときは、利用料の請求書・領収書の作り方の基本を一緒に整理、利用料の滞納が起きたときの、相談の進め方を一緒に考える をどうぞ。
- ご家族との書面・説明を整えるなら 重要事項説明書に何を書く?記載の抜けを一緒に確かめる、介護の契約説明で伝わりにくいところを、やさしく整える工夫 が近いテーマです。
- 記録と指導への備えは 日々の記録を指導に強くする残し方|あとで困らない一言の工夫、運営指導のヒアリング準備|聞かれることと答え方を一緒に整える、介護の書類、保存年限は何年?迷わないファイリングを一緒に整理 にまとめています。
- 万一のときの対応は 事故報告と家族連絡|書き方と伝え方を落ち着いて整える、苦情の初期対応と記録の残し方を、一緒に整える をどうぞ。金額の概算を確かめたいときは 介護報酬・利用者負担の概算 計算機 も使えます。
人のお金を預かる仕事は、慣れることがありません。何年やっても、封筒を受け取る手には少し力が入ります。それでいいのだと思います。その緊張感こそが、いちばん確かな安全装置だからです。
そのうえで、緊張感だけに頼らなくて済むように、紙と手順を用意しておく。今日、金庫を開けて中身を一覧にしたなら、それだけでもう、昨日より安全な事業所になっています。
