介護事業所の事務室で、電話を受けながらメモを取る手を止め、記録の開示を求められて考え込んでいる事務担当者

介護記録の開示を求められたら|受け方と手順を一緒に整理する

「母の記録を、全部見せてください」

受話器の向こうの声が少し硬い。書く手が止まる。頭の中では、いくつもの問いが同時に立ち上がります。これは出していいものなのか。管理者に聞いてからのほうがいいのか。今すぐ「はい」と言ってしまって大丈夫なのか。ほかの利用者さんのことも書いてあるページがあったはずだけれど。

あの数秒の緊張、よく分かります。そして、その場で即答しなかったことは、まったく正しい判断です。ただ、ひとつだけ先に共有させてください。記録の開示は、断ることを前提にした話ではありません。 ご本人にとっては、法律で認められた権利です。だから事務の仕事は「どう断るか」ではなく、「どういう順番で、どこまで、どうお渡しするか」を決めておくことになります。今日は、その順番を一緒に組み立てていきましょう。

結論:①誰が求めているか(ご本人/法定代理人/委任を受けた方/それ以外)をまず確かめる → ②受付票に書きとめて、その場で結論を出さず持ち帰る → ③そのまま出せない部分(他の利用者や第三者の情報)を確認したうえで、遅滞なく開示する、の3ステップで整えると、迷う時間がぐっと短くなります。あわせて、手続きと手数料を先に決めて重要事項説明書などに書いておくと、求められてから慌てずに済みます。なお、個別の取り扱いはご本人の状況・記録の内容・法人の方針によって変わります。判断に迷うところは管理者や法人、必要に応じて顧問弁護士や自治体の窓口にご確認ください(本記事は2026年8月時点の一般的な整理です)。

なぜ、ここで手が止まりやすいのか

どれも、担当者の勉強不足ではありません。回数が少ない仕事に、手順の置き場所がまだ用意されていないだけです。用意していきましょう。

その1:まず「誰が求めているか」を確かめる

一番効くのは、ここです。内容を考える前に、相手の立場を確かめる。

介護記録は、ご本人の個人情報です。個人情報保護法では、ご本人(と、政令で定められた代理人)に開示を求める権利が認められています(同法第33条)。逆に言えば、ご本人以外の方が当然に請求できるわけではありません。ここが、電話口で最初に確かめたい一点です。

本人・代理人・その他の方という開示を求める人の3つの立場を、事務担当者が窓口で応対する場面として横に並べて示した説明図
内容を考える前に、まず相手の立場から。求める人によって、確かめる書類が変わります

1. ご本人からの求め

一番はっきりしている形です。ご本人であることを確認できれば、原則として開示に応じます。ご本人が来所できない場合は、電話だけで判断せず、書面でのお申し出とご本人確認の方法を決めておくと安全です。

2. 代理人からの求め

代理人には、大きく2つあります。成年後見人などの法定代理人と、ご本人から委任を受けた任意代理人です。前者は登記事項証明書で、後者は委任状で確かめます。後見人等の代理権の範囲の見方は成年後見人とキーパーソン|誰に何を確認するかを一緒に整理にまとめています。

3. それ以外の方からの求め

ご家族であっても、ご本人の委任がなく法定代理人でもない場合、制度上の開示請求としては受けられません。ただ、ここで大切なのは伝え方です。ご家族は、心配だから聞いておられます。「できません」で終えず、こう返します。

「ご心配ですよね。記録をお見せするには、ご本人からのお申し出か、ご本人の委任状が必要になります。手続きのご案内をお渡ししますので、ご一緒に進めさせてください」

断り文句ではなく、道案内にする。 これだけで、その後のやりとりの温度がまったく変わります。

なお、ご本人の判断が難しく、日々の説明としてご家族に状況をお伝えすること自体は、契約時の同意の範囲で行われている場合が多いはずです。「制度としての開示請求」と「日々の説明・情報提供」は別の話として整理しておくと、現場が混乱しません。同意の取り方の基本は介護の個人情報、同意と取り扱いの基本を一緒に整理するをどうぞ。

その2:受付から回答までの流れを、先に決めておく

ここが今日の中心です。その場で結論を出さない。受け付けて、持ち帰る。 これを事業所の型にします。

ステップ1:受け付ける(その場で5分)

受付票に、次を書きとめます。用紙は1枚で十分です。

そのうえで、「内容を確認して、◯日以内にご連絡します」とお伝えします。その場で「見せられません」とも「全部お見せします」とも言わない。 これが、お互いを守ります。

ステップ2:中身を確認する(担当を決めて数日)

管理者と一緒に、対象の記録を実際に開きます。見るのは3点です。

ステップ3:お渡しする(遅滞なく)

法律上は「遅滞なく」とされていて、何日以内という具体的な日数が決まっているわけではありません。だからこそ、事業所として目安を決めておくのが実務的です。「受付から2週間以内」など、無理のない線で構いません。決めておくと、ご家族にもその場で見通しをお伝えできます。

お渡しするときは、できればその場で一緒に見ながら説明する時間を取れると理想的です。記録は専門用語や略語が多く、読むだけでは誤解が生まれやすいためです。時間が取れない場合も、「分からない箇所があればいつでもご説明します」と一言添えておきます。

費用について

開示の求めに対しては、実費を勘案した合理的な範囲で手数料を定めることができるとされています(同法第38条)。コピー代の実費程度が一般的です。大切なのは金額そのものより、あらかじめ決めて、ご本人が知り得る状態にしておくこと。重要事項説明書や事業所の掲示に、手続きと費用を書いておきましょう。記載項目の見直しは重要事項説明書の記載項目、見直しのコツを一緒に整理するが近いテーマです。

その3:そのまま出せない部分の考え方

「全部だめ」でも「全部そのまま」でもありません。ページ単位ではなく、記載単位で考えます。

マスキング(黒塗り)を検討するところ

開示しないことができるとされている場合

個人情報保護法では、ご本人や第三者の生命・身体・財産その他の権利利益を害するおそれがある場合、事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合などに、その全部または一部を開示しないことができるとされています(同法第33条第2項)。

ただし、ここは慎重に考えたいところです。「見せたら苦情になりそう」「書き方が雑で恥ずかしい」は、開示しない理由になりません。 実際に不開示とするのは、かなり限られた場面です。判断に迷ったら、開示する方向を基本に置きつつ、法人・顧問弁護士に相談するのが安全です。

そして、開示しない部分がある場合は、その理由を説明するよう努めることとされています(同法第36条)。黙って伏せない。「この部分は◯◯のため伏せています」と伝える。ここを丁寧にやるかどうかで、その後の信頼関係がかなり変わります。

気をつけたい4つの場面

1. 事故やけがのあとに求められたとき

一番多いのが、この場面です。緊張しますが、対応は変わりません。受け付けて、確認して、遅滞なくお渡しする。 ここで「時間を稼ごう」としたり、あとから記録を書き足したりすると、取り返しがつきません。すでに書かれたものを、書かれたまま出す。 それだけです。

もし記録に不足があったと気づいても、過去の日付で書き足すことはしません。どうしても補う必要があるときは、「◯月◯日追記」と、追記した日付と職員名を明記して追記します。事故直後の動き方は事故報告と家族連絡、あわてず進める順番を一緒に整理にまとめています。

2. ご本人が亡くなられたあと、ご遺族から求められたとき

亡くなった方の情報は、個人情報保護法でいう「個人情報」には当たりません。ただし、厚生労働省の医療・介護関係事業者向けのガイダンスでは、ご遺族への提供の取り扱いが示されています。「本人の情報ではないから対象外」で門前払いにしない、というのが実務の勘どころです。

法人としての方針を先に決めておき、ご遺族の範囲・確認方法・お渡しする形を統一しておきましょう。亡くなられたあとの事務全体の流れは利用者が亡くなられたときの事務手続き、順番に確認するに整理しています。

3. 弁護士や裁判所から照会が来たとき

これは、ご本人からの開示請求とは別のルートです。弁護士会を通じた照会や、裁判所からの文書送付嘱託などが該当します。事務の判断で回答せず、必ず管理者と法人に上げてください。 「事務が受け取って、そのまま法人へ」という流れを決めておけば、それで十分です。

4. 「この記録は事実と違う」と言われたとき

開示のあとに続きやすいのが、この場面です。個人情報保護法では、内容が事実でないときの訂正等を求める権利も定められています(同法第34条)。

ここでの実務は、「記録を書き換える」のではなく「調査して、結果を残す」です。当時の担当職員に確認し、事実と異なる部分があれば訂正し、確認しても事実と判断される部分はその旨をご説明する。訂正した場合も、いつ・誰が・何を訂正したかが分かる形で残すのが原則です。記録そのものの残し方は日々の記録を指導に強くする残し方|あとで困らない一言の工夫が参考になります。

影響:手順があるだけで、記録の質まで変わる

ここを整えておくと、思っていたより広い範囲に効いてきます。

ご家族との対立になりにくくなります。 開示をめぐるトラブルの多くは、記録の中身そのものより、「はぐらかされた」と感じさせてしまう対応から始まります。受付票を出して、期限をお伝えして、その日に連絡する。この当たり前の流れがあるだけで、対立の芽がかなり減ります。苦情の初期対応は苦情を受けたときの初期対応と、記録の残し方を一緒ににまとめています。

日々の記録が、自然と丁寧になります。 「この記録は、いつかご本人やご家族が読むかもしれない」。この前提が職員に共有されると、書き方が変わります。推測と事実を分けて書く。断定を避ける。感情的な表現を使わない。開示への備えは、そのまま記録の質の底上げになります。

運営指導のときにも説明できます。 開示手続きを定めて周知していることは、個人情報の取り扱い体制が整っている分かりやすい証拠になります。規程の整備は運営規程の作り方と変更届の出し方を、順番にやさしくが近いテーマです。

そして何より、これはご本人が自分の人生の記録に触れられるようにする仕事です。どんな一日を過ごし、誰が隣にいて、何を食べて、何に笑ったか。それが書かれた紙を、ご本人やご家族が受け取れるようにする。事務室の中で完結する地味な手続きに見えて、実はとても人に近い仕事です。

明日やること(優先順位と代替)

  1. 重要事項説明書を開いて、個人情報の開示手続きに触れた記載があるか確認する(3分で終わります。なければ「要検討」とメモしておけば十分です)
  2. 開示請求の受付票を1枚、下書きしてみる(項目は「その2」のステップ1の6つで足ります。手書きの様式で構いません)
  3. 回答までの目安日数を、管理者と口頭で決める(「受付から2週間」など。決まっていないより、仮でも決まっているほうがずっと動けます)
  4. 手数料をどうするか、法人としての考えを確認する(実費相当か、無料か。決めておくだけで電話口の答えが1つ増えます)
  5. 直近1か月の記録を1日分だけ開いて、ほかの利用者さんの氏名が混ざっていないか見てみる(混ざっているなら、様式を分ける検討の入口になります)
  6. 「開示を求められたら、その場で答えず受け付けて管理者へ」を、朝礼で一度共有する(これだけでも、いきなりの電話に強くなります)
  7. 弁護士・裁判所からの照会が来たときの持っていき先を、紙に一行書いて電話機の横に貼る

全部を今日やらなくて大丈夫です。1と3だけでも、次に受話器を取ったときの足場ができます。

確認チェックリスト(持ち歩き用・最小ライン)

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一度に全部そろえなくて大丈夫です。誰の求めかを確かめる。その場で答えず受け付ける。確認して、遅滞なくお渡しする。この3つだけで、受話器の向こうの声が硬くても、落ち着いて応じられます。今日は、受付票の項目を書き出すところまでで十分です。

明るい窓辺で、記録のファイルを手にした事務担当者と高齢の女性利用者が並んで穏やかにほほえんでいる場面

受話器を持ったまま即答しなかったこと。それは、ごまかしたのではなく、間違ったことを言わないための数秒でした。

介護の記録は、事業所を守るために書くものだと思われがちです。でも本当は、その方がどんな一日を過ごしたかが残る、その方の暮らしの記録です。求められたときにきちんとお渡しできる状態にしておくことは、その方の人生を勝手に隠さないということでもあります。今日、受付票の項目を1つ書き出したなら、それはもう、その方の側に立っています。