事務室のカウンターで、契約書の署名欄を前に手を止め、後見人の代理権の範囲を確かめようと登記事項証明書を見ている介護事業所の事務担当者

成年後見人とキーパーソン|誰に何を確認するかを一緒に整理

契約の日、机の向こうに座っていたのは、ご本人でもご家族でもなく、初めてお会いする「後見人」という方だった。差し出した契約書の署名欄の前で、手が止まる。この方に署名していただいていいのだろうか。ご家族にも確認しなくていいのだろうか。請求書は、どちらに送ればいいのだろうか。

あの数秒の迷い、よく分かります。そして、迷うのが当たり前です。「後見人」と一言で言っても、代理できる範囲は一人ずつ違うのです。制度がそういう作りになっているので、覚えて対応するものではなく、確かめ方を持って対応するものだと考えたほうが、ずっと楽になります。今日は、その確かめ方を一緒に組み立てていきましょう。

結論:①その方に成年後見人等がついているか、ついているなら類型(後見・保佐・補助)と代理権の範囲を、登記事項証明書で確かめる → ②「お金」「署名」「連絡」の3つに分けて、それぞれの窓口を書き出す → ③一覧表に残し、後見人の交代や類型の変更があったら更新する、の順で整えると迷う回数がぐっと減ります。あわせて、キーパーソンは現場の呼び方で、法的な代理権を持つ立場ではないという前提を職員間で共有しておくと、判断がぶれにくくなります。なお、個々の取り扱いはご本人の状況・契約内容・法人の方針によって変わります。判断に迷うところは管理者や法人、必要に応じて家庭裁判所や専門職(弁護士・司法書士・社会福祉士など)にご確認ください(本記事は2026年8月時点の一般的な整理です)。

なぜ、ここでつまずきやすいのか

どれも、確認不足の問題ではありません。分けて考えるための枠がまだ手元にないだけです。その枠を作っていきましょう。

その1:まず「3つの誰」に分ける

一番効くのは、これです。「この人の窓口は誰か」を1人に決めようとしない。

通帳と電卓でお金を確認する場面、契約書に署名してもらう場面、電話で連絡する場面という、介護事務の3つの窓口を横に並べて示した説明図
「お金」「署名」「連絡」は別の話。3つに分けると、それぞれの窓口が自然に決まります

1. お金の窓口

請求書・領収書を誰に送るか。実際に支払う人は誰か。口座振替なら、その口座の名義は誰か。後見人等がついている方の場合、ここは後見人等になることが多い場面です。請求書そのものの組み立ては利用料の請求書・領収書の作り方、内訳の分け方から一緒に整理するにまとめています。

2. 署名・同意の窓口

契約書、重要事項説明書、個人情報の取り扱いへの同意、サービス内容の同意。ここが一番、代理権の範囲に左右されるところです。だから、あとで説明する登記事項証明書の確認が効いてきます。

3. 連絡の窓口

体調の変化、事故やけがの報告、面会の相談、行事のお知らせ。日々のやりとりの相手です。ここは、近くに住むご家族にお願いすることも多いでしょう。いわゆるキーパーソンが担うのは、主にこの部分です。

3つに分けてしまえば、「後見人にすべて集める」でも「家族にすべて任せる」でもなく、それぞれの立場の方に、その立場でできることをお願いする形に自然と落ち着きます。利用開始時にそろえる書類全体の流れは利用開始時にそろえる書類、受付の順番を一緒に整理するをどうぞ。

その2:類型と代理権の範囲は、登記事項証明書で確かめる

ここが今日の中心です。「後見人だから、何でも代理できる」ではありません。

成年後見制度には、ご本人の状態に応じた3つの類型があります(法定後見)。加えて、ご本人が元気なうちに自分で選んでおく任意後見があります。

類型ざっくりした対象事務が気をつける点
成年後見判断能力が全般的に欠けている状態と家庭裁判所が判断した場合財産の管理について包括的に代理できるのが基本。介護サービスの契約締結を代理できることが多い
保佐判断能力が著しく不十分と判断された場合基本は同意権(ご本人の行為に同意する立場)。代理権は家庭裁判所が個別に付与した範囲だけ
補助判断能力が不十分と判断された場合同意権も代理権も、家庭裁判所が定めた範囲に限られる
任意後見ご本人が元気なうちに、自分で選んで契約しておく形任意後見監督人が選任されてから効力が出る。代理できる範囲は契約書の代理権目録による

つまり、保佐・補助の方については「代理権の目録に書かれていない行為は代理できない」のが原則です。契約書の署名をお願いする前に、そこを確かめる必要があるのは、このためです。

確かめる方法:登記事項証明書のコピーをいただく

成年後見人等が選任されると、その内容は法務局に登記されます。その内容を証明する書類が登記事項証明書(後見登記等に関する登記事項証明書)です。ここに、ご本人と後見人等の氏名・住所、類型、そして代理権の範囲が記載されています。

「疑っているようで言い出しにくい」と感じるかもしれません。でも、後見人として活動されている方にとっては、権限を示すのは日常的な手続きです。「ご本人の権利を守るための確認です」と一言添えれば、まず問題になりません。むしろ、確認せずに進めてしまうほうが、あとでご本人の不利益につながります。

なお、代理権の範囲を読んでも判断がつかないときは、その場で決めずに持ち帰って構いません。「確認してから改めてご連絡します」は、誠実な返し方です。

その3:キーパーソンという言葉を、事業所の中で定義しておく

毎日使っている言葉ですが、キーパーソンは介護保険や民法に出てくる用語ではありません。現場が便宜的に使っている呼び方です。

だからこそ、こう決めておくと迷いません。

個人情報の同意を誰から取るかという論点は、介護の個人情報、同意と取り扱いの基本を一緒に整理するに整理しています。契約説明そのものの伝え方は契約時の説明、ご本人と家族に伝わる工夫を一緒にもあわせてどうぞ。

気をつけたい5つの場面

ここは、実際に事務室で手が止まりやすいところです。

1. 医療行為への同意

成年後見人等に、医療行為への同意権はないと一般に解されています。手術や検査の同意を後見人に求めても、後見人の側は答えられる立場にありません。ここは事業所だけで抱えず、ケアマネや相談員、医療機関と一緒に、ご本人の意思を中心に置いた話し合いの場を持つ方向で進めます。判断できないことを「決めてください」とお願いしないのが、お互いを守ります。

2. 身元引受人・連帯保証人の欄

契約書のひな形にこの欄があると、後見人等に署名を求める流れになりがちです。ただ、後見人等がご本人の保証人になることは、立場上難しいと考えられています(ご本人の利益を守る立場と、債務を負う立場が衝突するためです)。

事業所としては、この欄の扱いを法人として先に決めておくのが一番効きます。「身元引受人がいない方は受け入れられない」という運用になっていないかも、一度見ておきたいところです。介護保険の運営基準では、正当な理由なくサービスの提供を拒むことはできないとされています。ひな形の見直しは重要事項説明書の記載項目、見直しのコツを一緒に整理するが近いテーマです。

3. ご本人が亡くなったあと

成年後見等は、ご本人の死亡によって終了します。つまり、その後の未払い利用料の請求先は、原則としてご本人の相続人になります。

ただし成年後見人については、相続人が相続財産を管理できるようになるまでの間、弁済期が来ている債務(未払いの利用料など)を支払える仕組みが民法に置かれています(民法873条の2)。これは後見人の側が判断して行うものであり、保佐人・補助人には同じ仕組みがありません。ですから、こちらから当然のこととして請求するのではなく、「未払い分がございますが、お取り扱いはいかがなさいますか」と確認する形が落ち着きます。死亡後の事務全体の流れは利用者が亡くなられたときの事務手続き、順番に確認するにまとめています。

4. 後見人等の交代・類型の変更

後見人等は交代することがあります。補助から保佐へ、保佐から後見へと類型が変わることもあります。そのたびに、連絡先も代理権の範囲も変わります。年に1度でいいので、一覧表を見直す日を決めておくと、古い連絡先に電話をかけ続ける事態を避けられます。

5. まだ後見はついていないけれど、判断が難しい方

「後見までは、という段階」の方には、社会福祉協議会の日常生活自立支援事業という選択肢があります。通帳の預かりや日常的な金銭管理を支援するしくみです。また、身近な親族がいない方については、市町村長が家庭裁判所に後見開始等の審判を申し立てることができるとされています(老人福祉法第32条)。まずは地域包括支援センターやケアマネへの相談から。預り金の扱いそのものは利用者の預り金・金銭管理|規程と出納記録の残し方を一緒に整理に整理しています。

影響:宛先が固まると、あとの仕事がまとめて軽くなる

ここを整えておくと、思っていたより広い範囲が楽になります。

請求のトラブルが減ります。 利用料の滞納で最も多い原因のひとつは、悪意ではなく「請求書がその人に届いていなかった」です。送付先が固まっているだけで、この芽が減ります。滞納に気づいたときの進め方は介護の利用料が滞納に|責めずに進める相談と手順にまとめています。

運営指導のときに説明できます。 契約書や同意書の署名者を確認されたとき、「この方は保佐で、代理権の範囲はこうです。証明書のコピーはここにあります」と示せる。これは、書類が整っているという以上に、事業所がご本人の権利を意識して動いている証拠になります。

現場の判断が速くなります。 夜間に急な体調変化があったとき、誰に連絡すればいいのか。事故の報告は誰にするのか。3つの窓口が一覧になっていれば、その場にいる職員が迷わず動けます。事故発生時の連絡は事故報告と家族連絡、あわてず進める順番を一緒に整理が続きになります。

そして何より、これはご本人の権利を守る仕事です。判断が難しくなった方の代わりに誰が決めるのか。それを曖昧にしないことが、その方の暮らしを守ります。地味な確認作業に見えて、実はいちばん人に近い仕事です。

明日やること(優先順位と代替)

  1. 利用者名簿を開いて、後見人等がついている方に印をつける(3分で終わります。数が少なければ、それだけで全体像が見えます)
  2. その方のファイルに、登記事項証明書のコピーがあるか確認する(なければ「次にご連絡する機会にお願いする」とメモしておけば十分です)
  3. 一覧表に「お金/署名/連絡」の3列を足して、1人分だけ埋めてみる(列は、利用者名・後見等の有無・類型・後見人等の氏名と連絡先・代理権の範囲・お金の窓口・署名の窓口・連絡の窓口・更新日、の9つで足ります)
  4. 契約書と重要事項説明書の署名欄を見て、後見人等が署名する場合の書き方が決まっているか管理者に確認する
  5. キーパーソン欄の意味を、事業所として1文で書いてみる(「日々の連絡・相談の窓口をお願いする方」など。書いてみると、いま何となく使っていた部分が見えます)
  6. 身元引受人・連帯保証人欄の扱いを、法人としてどうするか会議の議題に上げる(結論はすぐ出なくて構いません。議題に上げること自体が前進です)
  7. 一覧表の見直し日を、年に1度カレンダーに入れる

全部を今日やらなくて大丈夫です。1と2だけでも、次に手が止まったときの入口ができます。

確認チェックリスト(持ち歩き用・最小ライン)

よければ、こちらも

一度に全部そろえなくて大丈夫です。「お金」「署名」「連絡」の3つに分ける。類型と代理権の範囲は証明書で確かめる。キーパーソンの意味を決めておく。この3つだけで、あの数秒の迷いはかなり短くなります。今日は、名簿に印をつけるところまでで十分です。

整えた利用者ごとの窓口一覧のファイルを手に、明るい窓辺で肩の力を抜いて穏やかにほほえんでいる介護事業所の事務担当者

署名欄の前で手が止まったあの数秒は、慎重さの表れです。何となく署名をもらってしまわなかった、その一瞬のためらいが、ご本人の権利を守りました。

判断が難しくなった方の隣で、「これは誰が決めることなのか」を確かめようとする人がいる。派手さのない、記録にも残りにくい仕事です。でも、その確認があるから、その方の暮らしは誰かに勝手に決められずに続いていきます。今日、名簿に印をひとつつけたなら、それはもう、その方を守る側に立っています。